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おでかけレディオ。

年明けから結構早めに帰ってるのに実は予想してなかった事柄がぱたぱた舞い込んできてる。ボスの方で勝手に了承されちゃったりしてるし僕もフツーに受けたんだけど明らかに他のとこの仕事ちゃうんか、と。ま、やることないのがいかにしんどいかは知ってるので来たものは断らないからほいほいとやりますが、一応会社なんだし立場をある程度明確にしといてほしいなと思うのが正直なところ。営業部外の仕事なんだから就業時間にやりにくいったらありゃしない。

そんな感じで今日も早めにあがって、ちょいと新宿まで足を伸ばしてきた。先日先輩主催のパーティーでお会いした「文化系トークラジオ LIFE」リスナーの方にイベントがあるのでと素敵なお誘いをいただいたのだ。紀伊國屋ホールは仕事でしか行ったことなかったし、ぜひにと即答。

文化系トークラジオLife出張イベント
「ツナガリ」の現在“出会い過剰”の時代の希望


打ち上げへも参加したかったんだけど、途中で面倒なメールがやってきて出ないといけなくなったので終演後ロビーで少しお話してその場を後にした。普段の精進が足りないのか。タイミング最悪。ちょー残念。

テーマは上記のとおり「ツナガリ」。一応予習もしとかないとと思って辻先生の論文や南田先生の本へ目を通してたけど、案の定鴻上さんのトークが炸裂してた。見た後に感想をすぐ書けるはずがないってことだったんで、イベントを聴きながらぼんやり考えたことをだらっと書いちゃおう(笑)

キーワードはタイトルどおり「ツナガリ」で、人と人との関係性や社会性が今どのようになっているのかについてだったように思う。つながることとはそもそも何なのかといったことからそのつながりによって成立したコミュニティをどうやって終焉させるかまで話が及んだので先に挙げた辻&南田先生よりの話が本筋にはならなかったけど、非常に楽しめた。印象に残った話は主に2点。

まず、個人のツナガリの構築過程と社会との関係について。スピーカーが鈴木謙介さんを合わせて4人いたこともあって話が飛び飛びになっててややあやふやだけど。ツナガリの構築過程は携帯電話の爆発的な普及で昔と大きく違いができたのは言うまでもないことだ。ちなみに、昨年11月末時点の携帯電話総契約台数は1億500万台。うちの母親のように携帯電話を持ってない人はかなり貴重な存在。WEB上ではブログやSNSが数多く存在し、出会いの機会自体は以前より増加しているように考えられる。
今回も出てきたけどよく鈴木さんが話している事例で『ラスト・フレンズ』の話がある。このドラマの話から始まった一連の個人と世間と社会とツナガリの話を聴いていて思いついたのが昨日読んだ雑誌記事だ。
今月1日に発売された『宣伝会議』の中で精神科医の香山リカさんはコミュニケーションの機会が増加しているにもかかわらず現代人に「言い足りない」状態が増えていると指摘している。1日何十通もやり取りするメールの中では相手の顔色をうかがいながら関係性を保つ。日にいくつも作成するブログのエントリーではアクセス数がより伸びるような話題に終始する。また、日常生活においても自分の発言や外見のバランスの調節を強く意識する。そのため、コミュニティごとに自分のキャラクターを変えていくなんて人も出てくる。出会いが増えれば増えるほど、「言いたいことが言えない」状態が増える。
このように人間関係が煮詰まっていくとイベント内で言及されていた「小さな世界で小さくなっておきたい」意識が出てくるんだろう。その意識の前段階として、個人と家族と世間と社会は別物って考え方がある。だから、家族ではない別個人同士が家族的なツナガリの関係性を求めるようになるんだろう。個人の延長上に家族がなく、家族の延長上に社会もない。家族的なツナガリが世間へとつながっていくので社会という自分と直接的なかかわりがないものは「彼ら」という切り離した目線になる。一見成熟しているように見える社会も、そう考えると小さな共同体がただ単に敷き詰められているに過ぎないように思えてくる。

もう1点はコミュニティをどう終わらせていくかということ。孤立することが難しくなった今、何の共通点もない未知なる人と遭遇することが非常に困難になっている。「第1村人発見」なんて未知との遭遇はそんなに頻繁にあることじゃない。関連性があるがゆえに携帯電話の蓄積機能に出会いが蓄積される。僕らはそれらを自由に整理できる。一度出会ってケータイに登録し、いらなくなったら削除する。出会いの生成とコミュニティ拡大が加速化しているのだ。ただ、拡大するコミュニティは終焉をむかえる。その終焉、崩壊を体験することほど辛いものはない。では、そのコミュニティを作る人間はその崩壊までを描いた上でコミュニティを作る必要があるんじゃないだろうか。

こうやって自分の社会を細分化しながらモノを考えることはあまりない。ロジカルではなくてラテラルな要素が求められる。ずっと言ってることだけど、今の日本は現状を経済面から分析しすぎる傾向にある。小泉内閣からのブームであった新自由主義的考え方に流れてしまった面は否定できないはずだ。僕はこんな状況だからこそ、現状を社会学的に考えていく視点が求められると思っている。正直、社会学者はもっとメディアに出てほしい。いや、出るべきだと思う。メディア論なんてことをやらずにしてもわかるが、社会学をやってる人間であればあるほど規模の大きなメディアに対して否定的なイメージを持っているだろう。だからといって、それを拒み続けて違う手法をなんていつまでも言ってられない。今の日本にこびり付いた偏向の概念のベクトルを少しずつ変えていくにはとても時間がかかる。それまで、日本社会が崩壊せずに存在し続けていけるだろうか。メッセージが伝わらない。間違って伝わってしまう。それもわかる。でも、あえてでも前へ出て行く人が必要だと思う。メッセージなんて所詮は伝わるものなんかじゃない。例えるなら、住宅街を歩いていると近隣の家から漂ってくる、晩御飯の香りみたいなものだ。メッセージを誰が受け取るかわからないけど、それがその人の偶然を変えるような存在であるために送り手はメッセージを発し続けるのだ。この業界にいてこんなこと言うとお叱りを受けるだろうが、本や雑誌やネットだけじゃダメだ。だから、僕はこの『Life』という番組を素晴らしいと思うし、長く続いて欲しいと思う。もうちょっと鈴木謙介さんと逆の立場にいる人の登場も希望したいところもあるけど。

なんか、結局感想っぽくなったかな(笑)

ま、いつもどおりまとまりないからそれはそれでいいか。

おまけ。
南田先生の本。
文化社会学の視座―のめりこむメディア文化とそこにある日常の文化
辻先生の論文
つながりの不安と携帯メール
携帯電話と社会と言えば。
コミュナルなケータイ―モバイル・メディア社会を編みかえる

そろそろ仕事しよう。

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