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『告白』

今年は映画を劇場で50本は見ようと思っている。Twitterにメモしていてブログには書いてないですが、今のとこを順調。月の立ち上がりは必ず注目の映画を見るようにしている。先月は『アリス・イン・ワンダーランド』、先々月は『ソラニン』、その前は『おとうと』ってな具合で。

そんでもって、今月はこれでした。

告白
監督:中島哲也
配給:東宝

話題作とは聴いていたけど、ほんとすごい映画ですよ。あと数回は映画館で見たいくらい。まさに鈍器で頭を何度も殴打されるような衝撃が続く時間でした。

原作は、ご存知の通り湊かなえのベストセラー『告白』。原作の読後感の悪さが只者ではなかったので(もちろん、面白くないという意味ではない)、あの中島監督がこの物語をどう見せるのかとても期待していました。

やられましたね。がっつり期待以上。

今作は人の描き方が本当にリアル。教室内の生徒ひとりひとりを丁寧に描いていて、そのせいか登場人物のほとんどが思春期の屈折した素直をさまざまな形で持っているように感じる。加えて、冒頭で松たか子演じる森口悠子が「ひとりの人として対等に接する」と宣言してしまった。主要の人物設定が対極的な対立構造にならなかったことが、まず大きな特徴だ。

教室のリアルな空気と、そこに泥のように渦巻く感情を持ちながら同じ目線で入ってきた大人。そこにはちょっと違う「素直さの表出」を見ることができる。

冒頭の森口の宣言シーンを見てもわかる通り、迫られる側の子どもたちの精神は脆い。当然といえば当然。森口の素直さが「教室」というひとつの集団を突き動かしていく姿に、えもいわれぬ恐ろしさを感じてしまう。カーニバル化と言ってもいいのだろうか。教室の大多数はほぼ同時に一方向の祭り状態へと流れてしまう。思春期独特の本音を言い合えないレイヤー構造の中、彼ら彼女らの築いた群生秩序では森口のインパクトに耐えることができなかったからだろう。よって、この秩序に元々入り込めていなかった2人が浮いてしまう結果となった。

一方で、森口は生徒のように相手との距離を慎重すぎるまで測る必要がない。彼女には復讐という明確なゴール設定がある。そこへ向かう素直さを持ったまま対等な立場で行動することによって、秩序が脆く揺れる存在である生徒と突き進む森口という対立構造が、物語のリアルな展開の中で徐々に表現されるのだ。恐すぎる。

この映画には日本人独特の気質や社会問題が数多く内包されている。にもかかわらずそれが前面に出たり、ここぞとばかりにそのことを糾弾することはない。ただ、見せるだけなのだ。おそらく、中島監督はそんなものをこの映画で描こうとしていないのだろう。リアルに描いてしまったので自ずと出てきてしまっただけ、のように感じる。

映画はラストカットという目的に向かうために、ひとつひとつ原作を崩さぬよう注意して歩を進めている。そこに監督の味がちゃんとフィットしている。色使いや、コマ割りが絶妙。加えて、松たか子の群を抜いた演技力とそれを活かす演出。

原作と同様、鑑賞後の後味の悪さは盛りだくさん。ただ、見ておいて絶対に損はない1作。ハリウッドからオファーが来てるらしいけど、これは日本人独特の空気が描かれているので海外でどこまで評価されるかは難しそう。単なるホラー映画にならないことを願うなぁ。

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