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天気読み。

争いも恋も仕方ない夏休みに突入しました。
ようやく長期のお休みです。とはいっても、実家へ行ってバタバタ過ごすので、あまりゆっくりって感じではありませんが…。布団を干したりシーツ洗ったりしたかったので早起きしたら、雨。実家へ行く前に終わらせておきたかったのにー。
お天気が悪くて新幹線遅れたりしないかなー。どきどき。今日の晩は本社の人と飲みます。久しぶりなので楽しみです。

チケット買う順番が迫ってきたので、この辺で。諸々は今度書こう。

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スキマ時間です。

阿佐ヶ谷に初めて来ている。ちょっと時間があるのでケータイから。

予想外に下町で、しかも活気のある感じがする下町具合に驚く。隣で子供連れの親子に知らないおばちゃんが次々声をかけてて、それを自然と受けとめてるのも身の回りにはあまりない景色なので懐かしい気分になる。前に一度だけ訪れたことがある中野を思い出してみると、そうかこれが中央線沿線の空気なのかと思ってみたり。

こうやって知らない街でぼんやりしてみるのも面白いですね。読みかけのゲラ持ってこなくてよかったですよ、ほんと。

あ、そろそろ時間かな。

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生産的な話をしたいという非生産的な話。

もじゃもじゃと考えていることはたくさんあるのだけれど、ちょっと仕事の話とそれ以外の話を分割した方がいいかなぁなんて考えております。ここは見る人が見れば誰かわかるんだけど基本的にはわからなくしていて、それ故になかなか個別具体的、例えば自社商品の話についてとかは触れないようにしているんですよね。ただ、それもちょっとどうかなぁと思うようにもなってまいりまして。Twitterとリンクさせた新しいブログを作ろうかと本格的に考え中です。どこでやるかとか、どんなデザインで名前にするかとか、どういうスタンスで書くかとか、全然考えてないんだけど。しいて言えば、綱渡りブログにしようと思っているくらいかなぁ。

昨日けんちゃんと久しぶりにskypeで喋っていたのだが、相変わらずな話になったのでメモ的整理しておく。

ひとつの問題を考えるにあたって、その問題自体の善悪に言及するケースと、その善悪はハッキリしているのでなぜその問題が起こってしまったのかを言及するケースがあると思う。例えば、小学校の頃にクラスで誰かが誰かをどついた、なんてことはたまにあったろう。その時、どついた人間はその行為を「よろしくない」と言われるのだけれども、一方で「なぜどつかざるをえなかったのか」も考えなければならない、ということがある。

一方的にひとつの表出した事象に対して糾弾するだけではなく、その背景を知ることによってその事象の周りにある現象を知っていかないと思考停止になりますよ、と。

そんな話を深夜のノリでつらつらとしていたんだけども、オーディオインターフェースとレイテンシーの話だったのがなぜその話題に変化して、しかも自分が乗っかっていってしまったのかというと、この前読んだ『もやしもん 9巻』に起因するのである。

このマンガはドラマにもなっているので説明不要だと思うが、ある農業大学へ通う大学生と、彼が所属(?)している研究室のゆかいな仲間たちの話。そういえばけんちゃんには冒頭に紅茶の話しが出て来るんだよ、なんて言うのをすっかり忘れていたのだけれど、今回はその話の後に食料自給率の話題が出てきている。

食料自給率上昇のために規格外野菜を使えないかと実験した農大生の話がエピソードの発端になる。この実験も、いかにも大学生らしい切り口や考え方で著者に感心をしてしまったのだが、展開はその実験結果に大学院生が「そもそも論」をぶつけていくといった構図だ。

カロリーベースの食料自給率40%は、その数字だけ見て危機を盛り上げても無意味だ、と。

誰が誰に対して自給率を上げるように言っているのかわからない、と。

最後に食品廃棄という別角度の問題を挙げながら、その解決を図れば食料自給率の増減関係なくエコロジーに貢献できると言うんですね。その後、樹教授がカロリーベースの自給率への定義論争をしてさらなる「そもそも論」を展開してるんだけど、それは本書と同じく割愛。

つまり、食料自給率問題とは数字の増減に問題があるのではなく、その周辺にたくさんの問題が介在している。ってか、そもそも自給率の数字自体どうなの?って話にまでなる。そういう周辺事情を説明せず、「上がったからよかった」だの「下がったからイカン」だのと言っていても仕方ない。

ひとつの問題を前に進めるためには、その問題を二元論的に分割しても仕方なくて、じゃあこれからその問題を極力減らしていくためにどうしたらいいのか生産的に考えなきゃいかんのよねということを、これって『もやしもん』に出てた話だなぁと思いながら深夜のノリでうじゃうじゃと話していたわけです。社会学部出の人間がいい年してふたりで深夜にこんな話をしていると、『人生で大切なことはみんな社会学から教わった』的な本が出てきてもいいよなぁとか、考えてみたりして。

こうやって人気のコミックがフックになる問題提起をしているのだから、「『もやしもん』から日本の食を考えるフェア」とかできないかなーと思ったりしてみました。というのも、この後に近藤正隆さんが書かれた『だから僕は船をおりた』(講談社)を手にとってしまったので。東京生まれで漁師にあこがれ北海道に渡り、インターネットショップ運営を経て地域プロデューサーとし活躍されている近藤さん。農ではなくて漁業なんだけど、生産側からの考え方を自らの人生を紐解きながら紹介しています。

この本はおそらく『もやしもん』を読んでいなかったら手に取らなかったでしょう。加えて、僕自身が今、「必要な人に必要なものをどう届けるのか」ということを考えているため、近藤さんの生産者と消費者の「つなぎ役」という言葉に惹かれたのだと思います。マッチングの問題ってこうやって自分の購入体験を考えていくと結構ヒントが見え隠れしているんですよね。自分が理解を深めたいと思ったときに指し示す道みたいなもの。そういった演出力が必要不可欠。

どういう形でそれを可視化できるかを今後考えていかなきゃいけないのですが、それは別のお話になってしまいますし、洗濯機が止まってしまったので今日はこの辺で。

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