雑誌の講読をお願いしてみた。

会社で『宣伝会議』か『販促会議』か『広報会議』を定期購読してくれるようにお願いしてみたら、『販促会議』くらいはなんとかなりそうな感じになっています。前にお願いしたときは即却下だったのですが、この手のひらの返し方に年度末の嫌な予感が横切らずにはいられない今日この頃。

で。

課長が専務にそんな話をしたら、なぜだか博報堂が発行してる『広告』の最新号をもらいました。つーか、なんでうちの会社に2冊もあるんだよって話は笑顔で飲み込んで。雑誌のラックに置いてあると気になってしまって、「メディア論好きな人には面白い雑誌だけど、誰が読むのかねぇ」なんて思いながらぱらぱらめくってます。今号も同じようにパラリとめくってみたら、なんと濱野智史さんと宇野常寛さんの対談が載っているではないですか。特別対談と銘打たれたタイトルは「いま、ネット空間では何が「生産」されているのか」ということで、いつもどおり思うところをメモ的に。

トフラーのプロシューマー概念をもとに、今の日本のものづくりとそれを享受する側の行動の特徴について対談されています。この手のものを読むと「肌感覚で、なんとなくそうなんだろうな」としかとらえていなかったことが、「なるほど、まとめるとそうなるのか」という、現場感覚ではなかなか見えてこない体系的な落としどころをちゃんと言葉にして改めて確認できるんですよね。理論的なことって「そんなの知らなくていーよ」と嫌う方もいらっしゃいますが、アカデミックよりのメタ視点は自分だけでなく今の世の現象、社会を知るひとつのツールだと思うのでちょくちょく読んでます。

今回はプロシューマーの話から日本人の消費と生産の境界線の希薄化について書かれてます。ボーダレス化がアメリカ人には見られない日本人の特徴だ、と。一方で、濱野さんは「アメリカでは才能があれば、ネット上での表現でいつでもスターダムに上がっていける」と、個人主義的な背景にネット上のプラットフォームがマッチしているかのような話をしています。「おいおい」と、ちょっとアメリカン・ドリームをデフォルメしすぎている気がしなくもないですが、これって案外納得できちゃいました。大学時代のゼミ合宿だったでしょうか。教授と「匿名性」の話題になって、日本人と欧米の「匿名」に対する価値化や目線の対極的な相違について酔っ払いながら話をしました。したたかに酔っていた記憶があるので話の詳しい中身は覚えていませんが、ものすごくかいつまんで要約すると日本人は大衆と同化する傾向が強く、欧米での大衆は個が集合したものを指すのではないか、なんてことでした。

何が言いたいかというとそんなに小難しいことではなくて、「成り上がりたい」とか「ビッグになってマネーをゲット」とか、そんなことを考えながらニコ動にアップする動画を作ってる人は少数派だよなぁってこと。宇野さんは、生産したものを消費する人がそれを下敷きに何かを生産して、生産者がそれを取り込んでいくような形で成り立っているところがあるって話をしていて、その代表がガンダムだと言ってるんですね。ネットの集合知のようなものが、ネット以前から日本にはあったと。

いつぞや一億総クリエイター時代なんて言葉を聴いて、「勘違い感」をバリバリに感じてしまったことがありました。だれでもクリエイターって、もうその時点でクリエイターちゃうやん。それってクリエイトじゃなくて、生産されたものに対するただの「リアクション」。受け手がマッドムービーとか作っちゃうのも、生産ではなくてリアクションの範疇。で、消費者のリアクションと生産活動の区別がつかなくなってるからボーダレス化になっていて、それは昔から一部であった話で、ネットなるプラットフォームが出来上がってきてそれが顕在化しただけの話ではないかってこと。まぁ、対談で言ってることと同じ話ですけど。

だからこそ、「送り手と受け手の共犯関係」が可能になるんだろうなぁ。

「バラバラに散らばってしまった消費者たちと共犯しつつ、今までにないクリエイティビティを発揮していくしかないだろう」

コンテンツとともに、その周辺のコミュニティ形成を利用しなければ生産したものが広く享受されないってことなんですね。なるほど。そう考えると、ディスカヴァーさんがやってるブログなどはいい循環として機能してるんでしょうね。コミュニティ形成を干場さんが非常に巧みにリードしていってるように見えるので。2年くらい前に会社の人と「シーンを作る」みたいな話をしたことがあったんだけど、そうじゃないんだね。シーンってのは結果として見えるものであって、それはコンテンツとその周辺にたくさん発生したコミュニティの力によって見えてくるものなんでしょう。

共犯関係の表現を「完成度が低いと批判するのは安直だ」と書かれていますが、それはそれでまた別の話ではないでしょうか。パッケージとキャンペーンは分割して考えないと、そこもボーダレスになってしまうと「作品」自体の質の低下につながってしまう可能性があります。今までの基準に加えて、トータルのキャンペーンで評価する基準も必要だってことですよね。要するに、例えばひとつの映画とUSJのWEBキャンペーンのようなものが一体化した形のものがあったとしても、映画自体の作品と全体としての影響力は別個で考えましょうということ。

それにしても。

こうやって考えていくとリップマンとかブーアスティンとかラザースフェルドとかもっとちゃんと勉強しときゃよかったなぁと思ってしまいます。ま、概念的なものを理解してもそれをどう実践するのか考えないと意味ないんですけどね。

はぁ、来月からはもっと動きやすくなるなぁ。

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『使ってもらえる広告』

会社が完全に年度末モードにファイナル仮面ライドしてしまっているので、肌に合いません。なので、今日も早々退社。僕の仕事はおそらく今お呼びではないので。そこはわきまえてちゃんと来月からに向けたことを考えないとと思っていますが、変身してしまっているお偉方にそんな話はできようもなく。早く帰れるなら、早く帰っておこうということです。


『使ってもらえる広告』
須田和博

見てもらえない? じゃあ、
使ってもらえる広告にしたら?

広告が効かなくなった、見てもらえなくなった、と言われ続けて随分経ちます。生活者(消費者)にとって一見無関係と思われる情報はスルーされてしまうこの時代に、いかに生活者の間に入り込めばいいのでしょうか――。
本書では、サービスとしての広告を開発し、身近なところから実感を持って生活者=ユーザーと「キズナ」をつくり上げる「使ってもらえる広告」を提案しま す。グラフィック、テレビCM、ウェブ……すべてを経験してきた人気クリエイティブディレクターが語る「広告の最前線」。
Amazon.co.jp 『使ってもらえる広告』内容紹介 (2010.3.1)

いつものようにつらつらと思うところを。

短かったので内容紹介を抜粋しました。著者は博報堂の方でアートディレクター、CMプランナーを経てクロスメディアのクリエイターをされているとのこと。文字通り、広告業界ど真ん中の方です。ここ、大事。

マス広告の効果が疑問視され始めて、もっと効果の見える場所へ費用を投下する流れができ始めていると現状を述べています。多メディア化によってチャンネルが増え、WEBの台頭によっていわゆるソーシャルメディアができ、グランズウェルそのままのようになってしまった、と。その上で、WEBがコミュニケーションのすべての領域を束ねる役割を果たすようになると指摘します。

本文中の“ユルくつながれる”というWEBの関係構築については、津田大介氏がTwitterを“ゆるふわ(ゆるくてふわふわした)”な感じだと述べていたのと同じことでしょう。ただ、津田氏の場合はパーソナル・コミュニケーションの関係構築に関してであって、メディアと広告主と受け手の関係性ではないのです。個々人の“ゆるふわ”な関係構築と、広告と受け手の関係構築を同様に考えてしまってはおそらくちょっと違った感覚になってしまうんじゃないかと思うのですよ。なんだかここが、議論のすり替えのように思えてしまったのです。

当たり前の話ですが、広告費ってとてつもない金額ですよ。半5段の新聞広告だって全国紙になると100万単位の金額になります。そんな金額のお金を広告のために投入するってことは、短期的にしろ中長期的にしろ投入した金額をどこかで回収できなければならないはずです。どうも、この本にはその視点が薄いような気がしてならないんですね。

そもそも、マス広告の衰退は多チャンネル化して人びとの行動パターンが多様化しすぎたからだけなのでしょうか。マスコミ業界の端くれにいながらこんなこと言うのもなんですが、「マス広告に確固たる効果測定指標が存在しないから」ってのは、理由の筆頭にはならないのでしょうかね。それがとてもフシギフシギ。

つまり、詳しい数字は書かなくてもいいんですが、例えば事例で扱われている「ファイブミニ」のキャンペーンが収益ベースでどうだったのかを聴きたいのです。別に、「このキャンペーンをやったから、売上が1.5倍になりました!」とか、そんなうさんくさい話を求めてはいません。「ユーザーとユルくつながれる」のであれば、最終的にいつどこでどういう形でつながって、それが商品と広告主とユーザーの関係を前後でどう変えたのか、そしてその方法をどのように測定したのかが知りたいのです。

「ファイブミニのサイト、面白い!」とか「怪人、おもろいやん」というところから派生した関係性が、関与が、じゃあ何をどう変えるんだということ。つまり、キャンペーンを展開したことによって、大塚製薬と消費者の関係がどう変わったのかってことをどうやって効果として解説できるんだろうってことです。やって、見てもらって、使ってもらって、リアクションあって。「え、そんだけですか?」で終わるようなら、彼らの言う新たな時代の広告は以前のそれと何ら代わりがないように思います。だって、結局曖昧な効果測定しかできないとわかってしまったら、誰もお金を出そうとはしないもの。

「ユルくつながれる」関係性だからこそ、その関係性のバランスはとても脆弱なものだと言えます。天気と一緒のようなもの、その時々でまったく違った形になります。成功するも滑るも紙一重。だからこそ、そこにストーリーをぶっこもうぜって話なのかもしれませんね。

既にブランドが確立されている企業で考えるなら面白く読める本だと思います。ただ、そうであるならば『コミュニケーションをデザインするための本』ぐらいまでガッツリ書いてほしかったのが正直なところ。新書だからそこまでは難しいってのもわかりますが。

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『つむじ風食堂の夜』

昨日はぐっすりと眠れたのに、今日はどうも眠れなくて5時に目が覚めました。そこから寝床でだらだらとケータイからオリンピックチェックしたりしてて、結局そのままお昼まで寝てしまったのだけど。

仕事に向かう集中力が切れてしまったので、読み終えた本をご紹介。

『つむじ風食堂の夜』
吉田篤弘

月舟町にある、ちょっと風変わりな食堂に集まる人たちが織り成す日常風景が描かれています。

文庫なのにツカも薄くて文字数も少ないのでサクッと読めてしまうのですが、どうも読むのに時間がかかってしまいました。別にだらだらと読んでいたわけではありません。読んでいて、なぜだかテンポが合わなかったんですね。文章も文体も嫌いなワケではなかったですし、展開もどちらかといえば好きなほうだったんですけど。なんでだろうと読み終わってから考えてみると、なるほどそれがこの作品独特の「間」なんだろうなぁと思うのです。

この本は、なんだかとてもゆっくり時間が流れているんですよ。もちろん、『スラムダンク』や『キャプテン翼』のように1試合にコミックス何巻分使うんだ、というようなものではありません。作品の中にある時間の流れ方が、僕自身の中にある時間の流れ方とは2テンポくらい遅いんです。たまに田舎に行ったときに感じる、心地いい時間のゆるさみたいな、そんな類の時間差を感じるのです。

おそらく、それが月舟町の時間の流れ方であり、先生の生活リズムなんでしょう。彼が目の前の人たちや風景を見て、ものごとを考えていく過程が、ゆっくりとした時間の中で行われていることがこの小説の特徴です。特別な事件が起こるわけでも、何かが大きく変わっていくわけでもありません。ただ、この中には先生の過ごす日々のスピードが描かれているのです。

人は日々を過ごすなかで自分自身というものに少しずつ気付いていく。そういうことを言いたかったんじゃないかなと僕は思います。作品内で出てくるクロケットとエスプレッソがそのメタファじゃないでしょうか。そんな気がして仕方ありません。

映画を見ることができなかったので、DVDがリリースされたらゼッタイ見ようと思います。

つむじ風食堂の夜

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あぁ、なるほどなぁと思う。

先日発売された『モテキ 3』の感想が書かれたものを見つけました。読んでいて、「あぁ、なるほどなぁ」と感心してしまったので、メモ。

『モテキ』3巻
「雨宮まみの「弟よ!」」(2010.2.4)

このマンガは女性の心的描写がとても上手いんですよね。まぁ、僕は男なんで「男から見ると上手いと思える」ってだけのことなのか、「ほんとに上手い」と思えるのかがよく分かっていませんでした。僕の周りの女性でこのマンガを読んでる人がいなかったので…。なので、この感想に出会えて、なんとなくスッキリしてしまいました。やっぱり、女性が男性に対して言いたいことが込められてるんですね。これ読んだ後に女性の感想を直接聴いてその通りの感想が返ってきたので、いろんなものが胸に刺さったのは言うまでもありません(笑)

以前、『Life』の草食系男子の回で、肉食と草食は何をメタファしたものなのかって話をしていたことがあります。そのなかで肉食は性欲のメタファなんだけど、草食は自己愛のメタファなんじゃないか説が出ていました。あぁ、なるほどなぁ、と。肉食に見えても本質的に草食な人もいるし、草食に見えてただのチキンな人なんてゴマンといるわけですねぇ。

出版社勤めなのに、最近早くも読書量が減っていきます。活字は結構読んでいるのになぁと振り返ると、そうだ、ブログばかりを読んでいたのでした。気になった記事を箇条書きしておきます。

キャズムの超え方
「ある広告人の告白(あるいは愚痴かもね)」(2010.02.04)

いかにも広告サイドの方っぽい考え方ですが、iPAD関連のエントリでは一番好きです。iPAD+電子書籍ネタでもうひとつ。

出版業界が不振というのと読書離れとは別問題
「大西 宏のマーケティング・エッセンス」(2010.02.04)

当然、別問題。出版業界が不振なのは出版業界のせいであって、読書離れの要因は別途複数あるように思われます。ってか、KindleってCMやってんのかよ。あ、電子書籍ネタが出たので元に戻ってみて。

パッケージングの問題
「ある広告人の告白(あるいは愚痴かもね)」(2010.02.04)

こういう話題を見てしまうとどうしても卒論書いていたときに読んだ『メディアの生成』を思い出します。内容をすっかり忘れてしまっているので、もう一度ちゃんと読んでおかないと。

まったく別の話題をいくつか。

事務次官制度をどうにかする10の方法
「H-Yamaguchi.net」(2010.02.04)

このネタ、好きです。(笑)、付ければいいのに。

「ソーシャルメディアマーケティング」に取り組まないリスクって?
「イケダノリユキのCommunitainment Blog」(2010.02.05)

ソーシャルメディアマーケティングがいかに大切なのかは理解できるのですが、それを適切に運用するのがいかに難しいかもわかる気がします。うちは導入できなくもないけど越えなきゃいけないハードルがいっぱいあるんだよねぇ。これぞ企業文化。

さて、最後にメディアの端くれとして忘れてはいけない問いを。

2010年代に「世界をよりよくすること」はできるのか
「Tech Mom from Silicon valley」(2010.02.05)

90年代以前に技術決定論が余り頭のいい話ではないことが諸々の新メディア計画頓挫で明確になっているので、今さら新製品や新テクノロジーで世界が変わるとは思いません。おそらく日本でも10年代のキーワードのひとつは「クラウド」の気がします。インフラ面で新しい概念が導入された上に僕らの生活は成り立っているので、ソフトを作る側として新たなインフラが生活に定着していく中で必要となってくるものを適正な形で提供していかなくちゃいけないんですね。

眠たくなってきたので今日はこの辺で。

ではでは。

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思い出しました。

そういえば、昨年読んだ書籍について何も書いていなかったのでメモ的に。

昨年はいまひとついい本には出会えませんでした。僕があまり小説に手を伸ばさなかったからなのかもしれません。でも、書店に足を運ぶ回数はかなり増えたのでもうちょっと出会いがあってもよかったのかなと思ったり。アンテナが鈍化しているのでしょうか。いけませんね。感度を良くしていきたいです。

では。
テキストでリンク張るのがちょっと面倒になったので、Amazon頼り。

分野問わずに「本」でくくると、ダントツTOPはこの本しかないでしょう。


『いじめの構造』
内藤朝雄
発行元:講談社

けんちゃんから絶賛されて読んだのですが、この本は読んでて恐くなりました。著者の語るいじめの構造を読んでいると、学校だけでなくどんな集団にも当てはめることができるのです。秩序の違いによって、共通語すら持たなくなってしまう集団と個人の行き違い。自分もその集団の一部なのかと思うと、恐ろしいです。必読。読んだときの感想を書いたのはこちらです。

小説を挙げるのはとても難しいのですが、3作挙げておきます。


『この胸に深々と突き刺さる矢を抜け』
白石一文
発行:講談社

『ほかならぬ人へ』
白石一文
発行:祥伝社

ひとまず、2作。白石一文さんの小説です。僕は白石一文さんは好きなのでかなりひいき目なのですが、この2作を越えるものが出てこなかったので今回はこの2本を挙げました。白石さんの小説は前々から書いていた『どのくらいの愛情』でのテーマをさらに踏み込んだものになったと感じました。

彼の小説から感じるものは「不確実性と確実性」について。その歯車のかけ違いから世の中が成り立っていると感じたものが『ほかならぬ人へ』のなかで直接的に表現されています。一方で、個人的にどうしても頭に残ったのは主人公の明生が物語の半ばで酔いつぶれるために何も考えず飲むシーンです。「自分」の存在について語るのですが、ここに気がいってしまうということが僕自身の中に未だに中2病的感覚が根強く残っている証拠でもあります。なんだか背中がかゆい気分(笑)

ページで言うと112ページ。自分が好きな人間は世の中にたくさんいるけど、どうも主人公にそういう感覚はあまりないって話。僕も人は自らをかわいいと思うけど好き嫌いは別の話だと思っているので、この部分には非常にひっかかってしまいました。

『ほかならぬ人へ』は直木賞候補にノミネートされています。そろそろ獲ってほしいのですが、過去に挙がった作品の評価を見ているとあんまり審査員受けがよくないのでそこが気がかり。どちらも読むには読みやすい本です。前者は上下巻で長いので少し疲れるかもしれませんね。僕も途中そんなところがありました。ただ、僕の場合は2分冊されてると思ってないで読んでいたからなんですが…。えへ。

残りもう1冊はこれでしょうか。


『赤い長靴』
江國香織
発行:文芸春秋

江國さんの文章は流れがとてもキレイなので好きです。自分で書いた文章を読み直すたびに、「江國さんみたいな文章を書いてみたいなぁ」と感じてしまいます。そんな彼女の文章が描き出す夫婦の日常生活。どろどろした不倫関係とか堕ちていく精神的葛藤なんてものじゃなくて、家族の中にある夫婦2人の人間関係を丹念に映し出しています。僕はまだ独身なのでよくわからないのですが、「他人と暮らす」ってこういう感じになってしまうのかなと、お正月に親を見ていると改めて思ってしまうのでした。

この物語に出てくる「幸福」の形って、以前たしかよしものばななさんだったと思うんですが、その小説に出てきた表現とすごく似ている気がします。ちょっと記憶が曖昧なんですが、そのなかで「幸福」とは「ドラえもんとのび太くんが部屋でのんびりしている感じ」と言ってたんですよ。あの、何ともいえない穏やかな空気こそが日常のなかの幸せだ、と。そういう感じが日常で出ることってなかなかなくて、ましてやお互いがそんな感覚になることってほとんどないことだし、なっててもおたがいがそう感じていると認識することはもっと稀有なことだとは思うんですが、そういう空間はとても素敵な空間であるなと思ってしまうのです。

今年はそもそも絶対数が少なかったですね。今年はもっと本を読んでいこうと思っています。とりあえず、触れたメディア文化についてはtwitterにメモしていきます。もうちょっとたyんと自分でアウトプットしてく場所を作らないとね。高城剛的に言う「情報デブ」になってしまうので。こちらでも、なるべく書いていこうと思っていますので、今年もよろしくお願いします。

 

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アノ事は書かないでって言ったのに。

のっけからぶっちゃけますが、仕事で躓いています。参りました。4年目にしてこの手のものは初です。怒っても仕方ないのですが、怒っています。とっても。いや、たしかに短気ですが滅多には怒らないんです。仕事でこんな感情を抱くなんて思いもよりませんでした。上司には「中間管理職の俺がもっとつらい」となだめられました。大人気ないなと思いながらも、今の感情は伝達しておいた方がよかろうと。

いやいや、参ったもんです。

感情的になってばかりでも仕方ないので、ちょっと落ち着こうと後光のさした本を手にとって見ました。

仏像にインタビュー
著者:宮澤やすみ
発行:実業之日本社

コラムニストの宮澤さんが数々の仏像に直撃インタビューする、神をも恐れぬ書籍です。釈迦如来、薬師如来、明王など、歴史の教科書や資料集で見た覚えのある懐かしい面々が、際立ったキャラで登場します。

ちょっと「おふざけ」なところもありますが、そこはユーモア。仏像が登場した後でちゃんと補足解説があるので、安心です。阿修羅展などから軽めに仏像へ興味を持った方には、とっても読みやすい1冊なのではないでしょうか。

中に4色が一折分入っていたり、イラストがステキでとっても愛嬌があったりで、癒されるとはちょっと違いますが、とてもにこやかな気分になります。僕は日本史一家に育って、こういう自社仏閣だとか史跡だとかは結構好きです。ふらっと旅に出るときは、たいてい史跡がらみ(温泉とお料理はもちろんですが)です。社会人になった後は、中尊寺だったり、三仏寺だったり。昔はそれほど好きではありませんでしたが、今はできる限り足を伸ばすようにしています。美術作品同様、自社仏閣も目的地に行けば「本物」を見ることができるのですから。銀閣寺とか薬師寺とか好きです。

行くのはいいんだけど歴史の知識が足りないのでは楽しさ半減。不用意に「あそこ行ってきた」なんて実家で発言したら、「あぁ、あそこ○○で、○○があったやろ?」とかフツーにリアクションされます。こちらが「なにそれ…?」ってな顔をしてると、「何のために行ったんや」と厳しいツッコミが返ってくる始末。

当然、史跡はそこにちなんだ人びとの人生が集まっています。それを事前に調べていくことは、彼らとの共通点をなるべく多く持つということ。たくさんの共通点や共通語を持っていると、彼らの世界をより堪能することができます。

京都や奈良へ旅行へ行こうかな、なんてお考えのそこのアナタ。ぜひ、この本を読んでみておくんなまし。


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『医療崩壊の真実』

ようやく読み終わりました。

医療崩壊の真実
著者:勝又健一
発行:アスキー・メディアワークス

医療問題を解く鍵は現場のホンネにある!
コンサルタントによる医師不足解消の現実策とは?

医療崩壊の根底にある、医師不足問題に解決策はあるのか?
「医者が逃げ出す本当の理由」を業界コンサルタントの視点から徹底追及!
医者・病院の知られざる本音と問題とは?関係者と患者の意識を変える、医療問題をめぐる新提案の書!      
Amazon.co.jp 内容紹介 (2009.11.8)

短かったのでAmazonの内容紹介を抜粋いたしました。

医療業界の現状を医師専門エージェントの立場から見た非常に新鮮な本です。この本を読むとたしかに「このまま年をとると、やばいんじゃね?!」って気分になってきます。テレビや本、雑誌記事などを通じてぼんやりと知ってはいましたが、本当に、医療業界は他の業界とは一味もふた味も違うんですね。

本を読むとたくさんの問題が医療業界の中で同時に顕在化している現状を知ることができます。医療業界の中でも医療サービスの提供については、ニュース等でも多くとりざたされているようにその内容が世間にも知られるようになってきました。ただ、いざと言うときに医療サービスを享受する側である人たちがその問題をどうとらえているのかが大きなポイントです。

医療サービスの提供について危機が叫ばれているのは、医療サービスのすべての流通経路において重大な問題が同時に顕在化している点です。サービスを提供する側である病院、サービスを提供する上での制度、サービスを利用する側であるユーザー。どの部分にもこのまま放っておくと医療業界全体に影響を与える課題が表面化しています。

例えば、先だってドラマ『救命病棟24時』でもテーマになった、医師のバーンアウトについて。このドラマで印象だったのは「医師だって1人の人間である」という側面に着目したことでした。「当たり前やん」と言われてしまいそうですが、病院を利用するユーザー側にいるとそれについてどこまで考えられているでしょうか。この本では1項目を割いて、救急医療について患者もある程度知っておくべきだと述べています。

さて、ここで問題。

あなたの身近にある救急病院は、どのレベルの救急医療体制でしょうか?

救急医療体制のレベルは1次から3次までの3段階に分かれているそうです。つまり、重症度によって各段階で取り扱いが変わってくるんですね。この症状までだったら1次救急患者、といった具合に。にもかかわらず、近年救急病院を「病院のコンビニ」のように使っている人が増えているそうです。昼間は仕事で夜に行きたいから、なんて理由で。

サービスを受ける側としてその制度についてどれ程知っているんだろうかと考えると、ちょっと恥ずかしい気分にさせられました。この前インフルエンザになったときでも、真っ先に大きな病院はどこにあったかと記憶を辿ってしまったことが頭をよぎったからです。サービスを受ける側の使い分けってとても重要なんですね。そのときも、あそこは心臓外科の先生が有名だからあそこじゃない方がいいなとか、インフルエンザの予感がひしひししていたので多分大きな病院で待たされるのはしんどいだけなんて思考をして近くの開業医さんいお世話になりました。

僕は結構体が弱い方なので、新しく来た土地で必ず不安になるのが病院です。歯医者とか、眼科とかもそうですし、内科や外科まで。大学の頃は学内に診療施設があったのでそこを利用していましたが、社会人になって見知らぬ土地でひとり暮らしているといざと言うときの頼りはちゃんと知っておきたいと思ってしまいます。幸運にも今暮らしている川崎は医療施設が充実しているので、何か起こっても大丈夫そうです。ですが、場所を知っている程度で、その病院がどんな病院なのかは知りません。そう思うと、ちょっと恐くなってきて病院のサイトを見てしまいました。

自分の体調がおかしくなったら、頼るのは病院しかありません。なのに、医療制度には問題がありすぎていて崩壊へのカウントダウンが始まっています。政治家さんがもめてる間にも、どんどんカウントは少なくなってきます。ほんと、余計なところに財源と労力使うのはやめてもらえませんかねぇ、マジで。

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『幸福を見つめるコピー』

シルバーウィークです。こうやって長い休みがあると、気が抜けます。なので、気が抜けないような本をお休み折り返しの昨日に買いました。岩崎さん、好きなんです。ちょっとお値段は高めなのですが、フンパツ。

幸福を見つめるコピー
岩崎俊一
発行:東急エージェンシー

コピーは、いつも、幸福という北極星をめざしている。 人生に語りかける200本のコピーと、20篇のエッセー。 コピーライター岩崎俊一初の単行本。 「幸福になること。人は、まちがいなく、その北極星をめざしている。(中略)コピーも例外ではない、といばるつもりはないが、少なくともここをめざして書 かなければいけないと、ずっと思ってきた。それは、企業は何のために存在するのか、商品は何のために生まれてくるのかを考えれば自明である。」(序文よ り)
Amazon.co.jp 「幸福を見つめるコピー」内容紹介より (2009.9.22)

上記はAmazonに掲載されている内容紹介文を勝手ながら掲載しました。この手の本は手にとってその魅力を感じて読んでいく本だと思っていますが、あえて載せました。というのも、この本を紹介する上で、序文の中略部分にこそ岩崎さんの想いがつまっているように思えたからです。

表現っていったい何だろう。何のためのものなのだろう。岩崎さんなりの目線でゆっくりと語られる、ひとつの答えがそこにあります。

仕事をしていると、常々僕はこのことを見失いがちになります。多分、創り出されてそれを受け取った人がどのような顔をしているのか、僕からは見えていないからだと思います。ジャーナリストの矢野先生は、僕に言いました。

「読者とのキャッチボールは、やらなあかん」

どんな商品でも売る側と買う側のロジックのすり合わせによって4Pが決定されているように、出版をはじめとしたメディア産業も例外ではないと考えています。ですが、メディア産業ほどそれができていない場所はないようにも思います。自分のことを棚に上げて言いますが、特に出版産業は。

世間一般でも言われているように、とりあえず新刊発行をしてしまえば委託制度によって自転車操業的なキャッシュのやりくりが可能であることに原因があるのかもしれません。結果的に、それが新刊点数の増大につながり、商品の飽和状態を生み出しているのかもしれません。

ですが、それとは別に、あまりにも理念のない本が目に付くようになってきました。理念なんて言うと「何を大げさな」と言われてしまうのですが、その商品自体の魅力ではなく、それを手にした人の最終の目的地がまったく見えていないものがぽつぽつと見受けられるようになりました。自他を含めて。

そんなものは、いらない。

今、自分はビジネス書ってものに関わっていますが、ビジネス書も当然「幸福になること」の北極点を目指すためのツールとして作られているのです。

僕はどうも未だに堂々と青いことばかりを言ってしまう性分のようなのですが、ちょっと周りが冷めて見すぎている感じがしなくもないです。ただ、それは他の人の青さに目が行っていないだけなのかもしれません。他の人の青さをもっと見つけていけるようにならなくてはと思いつつ、もっと青かった頃に持っていた感度のアンテナを取り戻していかないといけないなぁと思う連休の終わりです。

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秋の気配を感じるようになってきましたので。

いつの間にやら更新のペースがずどんと下がっております。毎日更新なんて口にしていたのはいつのことやら。あっという間になのかようやくなのか、とにもかくにも夏が過ぎ去ろうとしています。昨日髪を切りに行ったら、いつもの美容師さんに「夏が終われば1年終わった感じがしますよねー」なんて言われてしまいました。ま、当たらずしも遠からずなんですが、僕としては1年で秋が一番好きなので、これから冬までの短い期間が年月の醍醐味でもあるわけです。

さて。

8月はいろいろと見たり聴いたり読んだりしたんですがすっかり書くのをサボってしまったのでまとめてあげてしまおうというのがズボラな本エントリであります。

とりあえず。


『3月のライオン』
バテないうちに先に趣味的なものを書いておきましょう。テキストでの紹介が面倒なので、全部Amazonリンクにしちゃいます。なんだかうさんくさいアフィリエイトサイト見たくなっちゃいますが、そこはご勘弁(笑)

久々に少女マンガサイドの作家ではまっている作品です。新刊。待ってました。『エヴァンゲリオン』並みに自意識にガツンとクローズアップしてます。思春期の自意識の渦が描かれていてちょっと読んでて痛かったり恥かしいところもあるのですが、変な甘酸っぱさみたいなものはまったくなくて「読める」1冊に仕上がっています。毎回自意識に落ちていくどうしようもない零の姿が描かれるんですが、ちゃんと川本家の温かさに包摂されていくんですね。それだけじゃなくて、あかりさんも零の内面によって相互に包摂されていくところも描かれている。加えて、今回は将棋の場面でも零は自分自身の内面的な新しい扉を開くところが描かれます。さすが。

新刊が出たときの交通広告もすごく良かったですね。3枚の写真から成っている広告で、モデルの杏さんとシンガーソングライターのスガシカオさんの写っているポスターです。ステキ。


『ハツカネズミの時間』
おそらくは兄が購入したものだと思うのですが、実家に置いてあったので勝手に拝借して読みました。なかなかスケールの大きな作品です。物語は超優秀な生徒を集めた学校が舞台です。生徒たちは全国から集められた超頭脳明晰な人たち。エリートとして世間とは隔離された学校生活を送っています。でも、実はその学校の体制にはまったく違った「裏」の側面があったのでした。操作された記憶、培養される天才児。作られた学園生活を飛び出そうという生徒たちの葛藤が描かれています。

なるほどな、と思わせてしまえる力があります。かなり荒削りで強引なところもたくさんあるんですが、芯になっている問題はぶれていません。以前、『いじめの構造』についてのエントリを書きましたが、この本とあわせて読むとちょっと面白いんじゃないでしょうか。ようするに、とてつもなく巨大な群生秩序に立ち向かう少年と、その群生秩序に飲み込まれてしまった少女の話です。やや暗めですが、全4巻なのでイッキ読みできます。


『モテキ』
2巻です。ついに出ました。1巻を書店で偶然見たときに「これは買い」とレジへ持っていったマンガです。かなり話題になっているようで、ちょっと驚きです。早い話が30歳のモテナイ男が急にいろいろな女性から急に連絡が入ってきて「これは、モテキか?!」とテンション上がっていくところから物語がスタートする、ちょっとリアルに笑えないようなお話です(笑)でも、笑えない気分にもなるんだけど、コミカルなコマの進め方をするので要所要所でちゃんとコメディタッチになってるんですよね。

登場人物が僕よりはちょっと年上な人たちなのでわかりにくいところもありますが、楽しめる1冊だと思います。どちらかというと男性向けです。女性視点でも書かれていますが、男性の目線を経た女性目線というワンホップ感があるので好き嫌いは分かれそうかな。


『アイアムアヒーロー』
装丁があがってない……。大手の余裕というかなんというか。まぁ、コミック・文庫・新書・単行本と発行点数が多いのはわかりますが、こうやって見ていくと言っちゃ悪いですが細やかさが欠けている版元がハッキリわかってしまいます。残念ながら。ま、商売柄そんな部分に目がいっちゃうんですよねー。

カバーだけ見て買っちゃったんですが、個人的には失敗の部類かな、と。面白くないわけでは決してないんですが、この辺は好みの問題。面白いかどうかの判断は1巻ではできない作品だし2巻を読まないと最終話が終結していかない気もするんだけど、多分買わない。


『バクマン。』
どんどんジャンルがばらばらになってきたなぁ(笑)これはずっと買ってるマンガです。ストーリーの展開がいかにもイマドキって感じがたまらないですね。鈴木謙介さん曰くRADWINPS的、というか。そんな一直線でひた向きな少年たちの姿ですよ。こちらは甘酸っぱい部分がたくさんあるので読んでいて恥かしくなります。

コミックには内容紹介が入っていないので、そこは統一してるのかな。2巻以降は入れなくても、せめて1巻には入力しておいてほしいところ。EC経由でマンガ買う人で連載読まずに偶然クリックしちゃう人ってどれくらいいるんだろう。でも、アニメやドラマになっているモノについてはもう少しコマメにやっていただきたいなぁ、と。ま、他社の話なんでどっちでもいーけどね。


『もやしもん』
ビール最高!でも、JAPANなビールより、ギネスドラフトが好きです。


『高校球児 ザワさん』
なぜ、装丁イメージが出ないんだろう。単品ページでは出てるのに。

オムニバスな高校野球漫画ですが、あだち充的な要素はありません。高校野球を本気で続ける女子高生ザワさんの行動を第3者が見つめる形で進んでいく、一風変わった構成です。その視点がかなり秀逸で面白いんですよね。このマンガと『モテキ』をチョイスした瞬間にAmazonのエディターさんが好きになりましたね。

……。

マンガだけになってしまった。というのも、小説は今部屋を見渡しても出てこなかったので書きたくても書けないんですよね(笑)ってことで、覚えている2冊を。


『プラスチック・ラブ』
実は結構この手の小説が好きです。以前、大沢在昌さんも新宿鮫より佐久間公シリーズの方が好きだったりします。斜に構えてるんだけど、実は熱くて、その熱くなり方が人とはちょっと違ってる、めんどくさいところがいい感じ。


『レインツリーの国』
有川浩さんは『阪急電車』以来、ちょくちょく読みます。かるーく読めます。オチもわかります。やっぱりお馴染みのテイストです。なので、それほど思考をこらさずに文字がスッと頭に入ってきます。満員電車の中でも読んでいられる本ですね。このライトな読み口が心地いいのです。

映画のことも書きたかったのですが、長くなりそうなのでやめます。でも、これだけしか書かないとちょっと遊んでるみたいなので、続きにお仕事的なちょっとマジメ路線の話題を。

 

続きを読む "秋の気配を感じるようになってきましたので。"

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『「買う気」の法則』 ~購買は結果に過ぎない~

HPの特集のテキストを書き終えました。今日が締め切りだったのでお昼過ぎにバナーのラフまで送れたのは及第点といいたいところ。とはいえ、次の段取りを考えると遅いのでもう少し前倒しをして仕事をしたいものです。そんなことを言いながらも、次の締め切りも迫っています。今回は脳のアンチエイジングでしたが、次はやや哲学よりな自己啓発書です。週末に読もうっと。あぁ、また買った本が読めないなぁ(笑)

仕事ではなく個人的に読んでいる本はこちら。

「買う気」の法則 広告崩壊時代のマーケティング戦略
山本 直人
発行:アスキー・メディアワークス

今読み直していて2章まで読み進めましたが、非常に興味深いです。マスに対しての広告が崩壊を迎えているなんて言われていますが、現状の分析をもっと冷静に見た上で、広告を受容する側がどう変容しているのか、変容した受容者側へのアプローチ方法をどう変えていけばいいのか。次世代の「マーケティング」についてが書かれている、はずです。まだぱらっと読み終えただけでちゃんと読めてないからなんとも言えませんが、読み終わってからだと書かないかもしれないので書く気になったうちに書いておきます。

個人的には『明日の広告』に感銘を受けた人には読んでほしい本のように思えます。AIDMAからAISASへと流れが変わってからしばらく経ちますが、この本はそれとはちょっと違う切り口で書かれた「マーケティングのABCDモデル」は営業には必須ではないでしょうか。

「ABCD」はマトリクスになっていて左下にA、その右隣にB、Bの上にC、Cの左(Aの上)にDが位置します。これは本書の帯に記載されています。、

     DC
   ↑AB
        →

ってな具合。「ABCD」のそれぞれの意味は、

A=Attention(喚起重視型)
B=Blend(情報融合型)
C=Consumer(消費者生成型)
D=Development(周辺開発型)

です。これが本書内のキモのひとつの「消費者の「買う気」を呼び起こすマーケティングモデル」です。タイトルどおり、「買う気」というのが今回の大きなテーマ。営業をやっているとこの「買う気」については常に考えていなくちゃいけないものです。出版業界は今これだけ市場が縮小していて大きな問題になっています。商品が売れない、客数が減少している、と。ですが、ちょっとお隣の業界を見てみれば景気のいい話も聞こえてきます。今週はかなりの人が電車の中でにらめっこしている姿を目にしました。そういえば、出版業界にも村上春樹さんの新刊騒動がありましたね。

ようするに。

買わないわけじゃないんです。ほしいものがあれば買うんですよ。ただ、ほしいと思わないだけ。「ほしいと思わない」じゃないですね。目にも留まらない、だけ。

内容、販売促進方法、広告手法。とりあえず話を単純にしてみて、もう1度4Pを考え直す必要がありますね。そのためにも、買う側の「買う気」を見極める必要があります。先週バーゲンに行ったらよく行く服屋のにーちゃん(店長さん)がぼやいてました。

「アウトレットや価格低下が著しくて、バーゲンやっても値下がり感がないんですよ。しかも、夏は休み中にはじまるわけじゃないですから。景気も悪けりゃお客さんもまばらです」

ちなみに、このお店は百貨店内の紳士服売り場にコーナーがあります。立地は駅から歩いて約3~4分。その間に駅ビルがあって地下街があります。

自分が買う側に立ったときのことを考えるとよくわかりますよね。自分がどういう点にビビッドに反応するのかを。言うのは簡単ですが、実践するとなるとなかなか難しいものですが、頭の中にデンっと置いて、ちょっとずつでも実行に移していきたいものです。

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